2020年度、第44回ピティナ・ピアノコンペティションの特級二次予選と三次予選の審査に参加させていただきました。
二次予選は8月3日(月)、4日(火)の2日間、上野学園石橋メモリアルホールにて、24名の方が、1人30分前後のリサイタルプログラムを演奏されました。 三次予選は6日(木)にかつしかシンフォニーヒルズアイリスホールにて、10名の方が、21日のファイナル用に選んでおられるコンチェルトの中から、2週間前に指定された楽章を、公式伴奏者の先生方のピアノ伴奏にて演奏されました。 そこから7名の方が、8月18日に第一生命ホールにて開催予定のセミファイナルに進まれました。 コロナ禍で今年ほとんどのコンクールが中止や動画審査に変更になる中、この特級二次と三次は、感染防止対策のもと無観客にて開催されました。 私も2月以降徹底してステイホームしていましたので、それ以来初めて朝霞市を出て、かなり気を遣いながら会場まで往復しました。(テロの頻発していたフランスにいた頃のような緊張感) 審査員控室でも、ソーシャルディスタンシングということで、先生方も大戸屋のおひとりさま席のようにバラバラに座り、普段よりうんと静かに過ごしました。 帰宅後はすぐに手と服と持ち物の消毒と、口と鼻のうがい、シャワーを浴びて目を洗い、服を洗濯、朝夕の検温…念には念をです。 今年の春にこの審査のご依頼をいただいた時、こうした機会を与えていただき有り難いことながら、これは大変だと思いました。 私にとってピティナの特級は、昨年初めて一次予選を審査させていただいたのに続いての機会でしたが、私の審査の経験として、これまでで最もレベルが高く規模の大きな機会でした。 自分より巧く弾ける人たちの、想いのこもったものすごい演奏をたくさん受け止めながら、コメントをお伝えすることになる… 参加される皆さんと、そこで演奏される作品の作曲家に失礼のないようにしたいと思いました。 ちょうどステイホームで時間が確保できたので、4月から時間をかけて、三次とファイナルの選択肢になっていた32曲のコンチェルトを、7月に二次の進出者と曲目が発表されてからは、24名の進出者の二次のプログラム全曲を、やった事があるものもないものも、最低一回ずつはどれも自分で実際に弾いて音を出しながら楽譜を読みました。そうしながら、自分だったらどんな風に音を作っていくだろうかとか、表現しようとするときにこんな難題をクリアしなければならないんだなとか、これは難しくて自分は人前じゃ弾けないな、すごいなぁ、とかいう事を、一通り体感してから審査に臨みました。 もちろん、審査中は楽譜にかじりついて重箱の隅をつっつくような聴き方はしませんし、もっと大きな、その人がどんな事を感じてどんな次元で音楽をしているのか、その人の今から更に素敵な音楽に近づいていくためにはどんな情報が有効に思うか、といった事を焦点に聴かせていただくのですが、凡人として、音楽仲間として、音楽好きな一人の聴衆としての心の準備が自分には必要でした。 審査の度に毎回これほどの準備時間が確保できるわけではないのですが、ステイホームの今しかできない事として、私は私でこの期間を楽しみました。 その全曲の楽譜がこちら。 ![]() 最近は楽譜も電子化が進んで便利になりましたが、自分は目が疲れやすいのと、やはり形のない音楽の存在を、重さのあるものとして少しでも感じられる気がして、印刷された楽譜が好きです。 こうしてこれから聴くことになる曲たちの楽譜を並べ弾いて、実際抱えて持ってみると、これだけの音楽が命がけで記されてきて、それがまたすごい人たちの手でその日のその瞬間にだけ生み出されては消え、でも誰かの心に残っていくんだなぁと、しみじみ考えてしまいました。 当たり前といえば当たり前の事かもしれないけれど、このご時世に改めて感じる、やっぱりものすごく素敵な、クラシック音楽のかけがえのない力。僕にとっては、やはり生きていく上での心の支えとして必要です。 3日間に渡って会場の客席に身を置きながら、今回こうして心を重ねる準備ができて良かったなと思いました。 なかなか演奏会を開催したり聴きに行ったりにも試行錯誤や迷いを抱える情勢の今、私自身実際に半年間他の人の生音を聴くことができずにきた中で、これほどの渾身の演奏をこんなにもたくさん聴かせていただき、お一人お一人の演奏が私の心には深く染み込み、刻まれました。 ご一緒した佐藤彦大先生もおっしゃっていましたが、これほど想いのこもった演奏に採点するのは断腸の想いで、鉛筆の音を立てるのも申し訳なく思いながら聴いていました。 演奏した皆さんへは、心からの敬意と感謝の気持ちでいっぱいです。 (ご一緒した菊池裕介先生がSNS上でご指摘されていた他、その他の先生方とも度々話題になった事ですが、会場の客席で聴いた実際の音と、マイクで拾われ配信されたアーカイヴを聴き直した感じとで、かなり大きな印象の違いを感じました。人によっては、会場で聴こえていた響きの魅力が配信の音では多く削ぎ落とされていたり、逆に客席で不自然に聴こえた音が配信の音では自然に聞こえたり。参加された方々が、そうした録音と返却された講評用紙から今後へのフィードバックを得ようとされる際には、その事は念頭に置く必要がありそうです。また、先生方の意見の違いというだけでなく、たまたま座った席の位置と会場の音響特性との関係も、想像以上に印象の差を与えている可能性があるというのは、弾く経験と聴く経験を重ねながら感じている事です。) 自分がコンクールへの挑戦を通して成長しようとしていた頃、時折感じるような気がして勝手に恐れていた審査席からの鋭い「視線」というのが全くの気のせいで、驚くほど審査員の先生方の「眼差し」は温かいということは、自分は当時もっと早く気がつけたら良かったなと今になって思っているところです。 特に敏感で繊細な感性の持ち主で、とても細やかな情緒や色彩、人の心の動きを感じられるがゆえに、歳を重ねるほど人前で弾くことや自分のメンタルとの葛藤を抱えている人がいたら、ぜひそのことを知って、伸び伸びと音楽やコミュニケーションを楽しんでいただきたいと願います。(暗に自分に言い聞かせている…) 今回のコンクールの中で次の段階へ進まれた方も、惜しくもそうでなかった方も、それぞれの次のステージや、またどこかで聴かせていただける機会をとても楽しみにしています。ありがとうございました。 最後に、大変な状況の中、万全の感染防止対策に気を張り巡らせながら慎重にご運営くださった皆様、お世話になりました審査員の先生方、膨大な量の作品をご用意くださり参加者を温かく支えてくださった公式伴奏者の先生方、ラヴェルのコンチェルトに絶妙な手拍子でリアリティを加えてくださった譜めくりの先生へも、心からお礼を申し上げます。 |